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JR日豊本線

JR日豊本線とその駅、列車、沿線などについて、鉄道ライターの恵 知仁が個人的な経験に基づき、ご紹介します。何かのお役に立てましたら幸いです。

内容は正確を期すよう努めていますが、記憶違いが紛れているかもしれません。写真はトリミングしている場合、現在とは異なる社会的状況で撮影された場合があります。

路線の概要

区間・距離・鉄道会社
小倉~鹿児島、462.6km、JR九州
西小倉、南小倉、城野、安部山公園、下曽根、朽網、苅田、小波瀬西工大前、行橋、南行橋、新田原、築城、椎田、豊前松江、宇島、三毛門、吉富、中津、東中津、今津、天津、豊前善光寺、柳ヶ浦、豊前長洲、宇佐、西屋敷、立石、中山香、杵築、大神、日出、暘谷、豊後豊岡、亀川、別府大学、別府、東別府、西大分、大分、牧、高城、鶴崎、大在、坂ノ市、幸崎、佐志生、下ノ江、熊崎、上臼杵、臼杵、津久見、日代、浅海井、狩生、海崎、佐伯、上岡、直見、直川、重岡、宗太郎、市棚、北川、日向長井、北延岡、延岡、南延岡、旭ヶ丘、土々呂、門川、日向市、財光寺、南日向、美々津、東都農、都農、川南、高鍋、日向新富、佐土原、日向住吉、蓮ヶ池、宮崎神宮、宮崎、南宮崎、加納、清武、日向沓掛、田野、青井岳、山之口、餅原、三股、都城、西都城、五十市、財部、北俣、大隅大川原、北永野田、霧島神宮、国分、隼人、加治木、錦江、帖佐、姶良、重富、竜ヶ水、鹿児島
補足事項
鹿児島駅側では鹿児島本線に直通しており、鹿児島中央駅から宮崎駅、大分駅側が「日豊本線」として運行されています。
日豊本線の特急「ソニック」(2011年5月、大分駅で恵 知仁撮影)

日豊本線の特急「ソニック」(2011年5月、大分駅で恵 知仁撮影)

列車

急行「日南」

かつて日豊本線経由で、博多駅と西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)を結んでいた夜行急行「日南」。1989年(平成元年)3月、埼玉県で中学生をしていた私は旅の途中、その姿を博多駅で見つけました。

ED76形電気機関車を先頭に、12系座席車4両、14系寝台車2両の編成。座席車は1両が普通車指定席、ほか3両が普通車自由席で、寝台車は2段式のB寝台です。

日豊本線の急行「日南」(1989年3月、博多駅で恵 知仁撮影)

日豊本線の急行「日南」(1989年3月、博多駅で恵 知仁撮影)

1988年(昭和63年)3月の時刻表によると、この夜行急行「日南」で禁煙車は自由席の2両だけで、それ以外はすべて喫煙車。当時はまだ喫煙車が標準になっており、禁煙車が一部にある、という状況です。

また同じ時刻表によると、夜行急行「日南」は博多駅を22時13分に出発し、大分駅1時43分着、宮崎駅6時14分着、そこから普通列車になって各駅に止まり、西鹿児島駅9時25分着でした。

西鹿児島駅行き、博多駅行きとも夜行急行「日南」は、宮崎~西鹿児島間は普通列車としての運転で、座席車はすべて自由席になりますが、寝台車はそのまま。普通列車の寝台列車になっています。

日豊本線の急行「日南」(1989年3月、博多駅で恵 知仁撮影)

日豊本線の急行「日南」(1989年3月、博多駅で恵 知仁撮影)

さて当時、夜間の駅撮りは、フィルムの感度がISO100が普通だったため(もちろんISO400もありましたが、やや高く、粒子も目立ち、それほどよくなかった気がします)、三脚が必須でした。

また蛍光灯による緑かぶりを補正するため、紫色のFL-Wフィルターが必要で、これにより1段分、感度が下がってしまう状況でした。

そう思うと、現在のデジカメはスゴいですよね。夜間だろうとこうした駅撮りならば、フィルターはもちろん、三脚なしでもそれなりに十分、撮れてしまいます。

そして、この文章を書いていて知ったのですが(2024年6月)、ケンコートキナーのFL-Wフィルターは、とっくに生産終了のようで……。

なお、このとき私は夜行急行「日南」には乗らず、博多駅22時28分発の寝台特急「あかつき」普通車指定席に乗って、大阪駅に向かいました。夜行急行「日南」にはこの2年前、小学生だった1987年(昭和62年)3月に乗ったことがあるのですが、その話はまた別の機会に。